壬生寺界隈
昨日から少しのどが痛かったので、今日は家で静かにしていることにしました。

本当ならば、今日は輪行で、奈良の飛鳥に行くつもりでした。飛鳥は次の機会にします。そしたら、朝のテレビで、奈良の特集をやっていて、飛鳥も生中継されていました。もし、行っていたらテレビに映ったかも。

そんな感じで、午前中はテレビを見ながらじっとしていたのですが、あまりにも天気が良いので、午後は軽く出かけることにしました。

地図で近場を探したら、ママちゃりで5分くらいのところに、新撰組のゆかりの場所がありました。気晴らしにそこに行くことにしました。

CIMG3530.jpg壬生寺です。
当寺、新選組はこの境内で武芸などの訓練を行ないました。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚があります。


CIMG3540.jpg壬生寺から北に10m位のところに、この八木家があります。
新撰組が1863年に上洛したときに、駐屯所として使ったそうです。


CIMG3541.jpg旧前川邸です。
八木家のすぐそばにあり、ここも駐屯所の一つです。
ここは、現在住宅になっていて、土日だけ玄関までは入れます。



壬生界隈から家に帰る途中に、昔風の建物がありました。


CIMG3543.jpg輪違屋(わちがいや)と書いてあります。案内の看板があったのですが、日に焼けていてよく読めません

家に帰ってウィキベディアで調べてみました。以下、その抜粋です。


「現在も営業されている 京都の花街、嶋原の置屋兼お茶屋である。創業は元禄元年(1688年)、置屋として始まる。 お茶屋兼業は明治5年(1872年)より。 現在の建物は安政4年(1857年)に再建されたものである。
かつては芸妓等も抱えていたが 現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営まれている。」
とのことです。


壬生寺にしても、この輪違屋にしても、住宅街の中にあり、面しているのは狭い道路です。あまり目立つ場所ではありません。まだまだ知らないことがたくさんありそうです。
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